箸で拾い上げた父の遺骨は、あまりに軽かった。岩手県陸前高田市出身で、医師を目指していた村上一行さん(25)は、歯科医の父徳行さん(63)を津波で失った。遺体が見つかったのは医師国家試験の合格発表があった今月18日。震災前日に両親と撮った記念写真が遺影になった。「合格を知ったら、どれだけ喜んでくれただろうか」。一行さんは声を詰まらせた。
姉2人の下で育った一行さんにとって、徳行さんは怖い存在だった。家庭では口数が少なく、漫画を読んでいると「勉強しろ」と怒られることもあった。
親子の距離が縮まったのは、一行さんが岩手医科大(盛岡市)に進学したころだ。一行さんが帰省すると徳行さんは「いい日本酒が手に入った」と声をかけ、酒を酌み交わした。妻律子さん(60)は「口には出さないが、成長していく息子を自慢に思っていた」と明かす。
2月の国家試験が終わった後、実家近くの焼き肉店で食事をした。「自己採点では合格できそうだよ」「よかったな」。何気ない会話だったが、喜んでくれているのがよく分かった。震災前日の10日にあった卒業式にも出席してくれて、家族で写真を撮った。その日が父と会った最後の日となった。
国家試験の合格発表日だった18日、歯科医院から約50メートル離れた場所で遺体が見つかった。23日、雪の舞う奥州市内で火葬され、家族や知人ら約50人が参列した。写真はすべて流され、10日に撮影した家族写真だけが残った。
一行さんは4月から研修医として新しい人生をスタートさせる。「産婦人科と災害医療の勉強をし、父に認められるような医師になりたい」【古関俊樹】
2011.03.29更新
父に伝えられなかった「医師合格」(毎日新聞)
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